音楽療法の学びを
もっと多くの人々へ
── まず、音楽療法専攻に興味を持つ高校生や社会人の皆さんのために、音楽療法とはどのようなものか説明していただけますか。
木下 音楽療法は「音楽を通して人と人との多彩なコミュニケーションをいざなう手法」で、日本音楽療法学会は「音楽のもつ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義しています。そのように音楽によってクライエント(=対象者)を多面的に支援するのが「音楽療法士」であり、主に障害児?障害者施設、精神科、高齢者施設、特別支援学校などで活動しています。本学は日本音楽療法学会が認定する「音楽療法士資格試験受験認定校」として、学会が定めるカリキュラムに基づき、優れた音楽療法士の養成を行っています。
── 音楽療法の注目度がますます高まるなか、音楽療法専攻のカリキュラムもブラッシュアップされることになりましたね。
木下 はい。学会が2024年に策定した「音楽療法士カリキュラム?ガイドライン24」に対応する形で改定しました。学生の皆さんは多岐にわたる専門科目を履修し、単位を取得したうえで資格試験に臨みますが、新たなカリキュラムによって、さらに体系的な学びを得られるようになったと思います。
── 入学希望者も、より広く募るそうですね。
木下 これまではピアノを習得した方や吹奏楽部出身の方など、音楽に深く親しんできた学生が多く入学していましたが、今回の改定を機に「音楽で人の役に立つ仕事をしたい」と考える方々に広く門戸を開くことにしました。音楽大学への入学志望者だけでなく、心理学や社会福祉学を志す受験生にも進路の選択肢にしていただけるよう、学費も従来より大幅に減額しています。学費を見直しながらも「音楽療法士資格試験受験認定校」としての学びの質は変わりませんし、むしろ実践的かつ効率的に学べる専攻へ進化したと言えるでしょう。このたびのカリキュラムと学費の改定が、より多くの音楽療法士を社会へ送り出すきっかけになれば嬉しいですね。
音楽療法の核心に迫る
新たなカリキュラム
── では、新カリキュラムの詳細を伺います。2025年度から「コミュニケーション技能Ⅰ?Ⅱ」という授業が始まりましたが、どのような内容でしょう。
木下 音楽療法では、音楽療法士と対象者が一緒に音楽を奏でたり、あるいは音楽療法士が演奏する音楽を対象者に聴かせたりする「セッション」を行います。ただ、音楽療法を受ける方の中には言語によるコミュニケーションが難しい場合があります。そうした方々と信頼関係を築くには、音楽を提供する前段階の関わりによって心の扉を開くことが重要です。つまり、セッションによる音楽体験の準備として、対象者の様子を細やかに観察し、柔軟な態度で接するスキルが求められるんですね。また、音楽療法士は対象者ご本人だけでなく、ご家族や医療?福祉?教育など他職種の方々、地域一般の方々とも連携する必要があるため、音楽にとどまらない総合的なコミュニケーション能力が不可欠です。それを学ぶのが「コミュニケーション技能Ⅰ?Ⅱ」で、言語的コミュニケーションから表情やしぐさのような非言語的コミュニケーションまで、実践を通して身につけます。
── 2026年度からは「日本と世界のポピュラー音楽」という授業もスタートします。平田先生が担当されるということで、内容を教えていただけますか。
平田 はい。音楽療法のセッションには、ポピュラーソングや民謡などの多様な音楽が用いられます。しかも、それぞれのエッセンスを即興演奏や創作に応用するケースも多く、幅広い音楽的感性を要します。また、好みの歌や思い出の曲などは対象者によって異なるので、音楽療法士はあらゆる世代?ジャンルに対応する知識を持っているべきです。「日本と世界のポピュラー音楽」では、明治から狗万滚球_狗万买球app-官网平台手机版までの大衆音楽や流行歌を中心に学ぶとともに、それらに影響を与えた海外の音楽をたどったり、蓄音機やレコードプレーヤーのような当時の再生メディアに関する理解を深めたりします。対象者が大切に思う音楽に共感するために音源はできるだけオリジナルを使用し、歌詞や時代背景にも目を向けながら、歌い手や作詞?作曲家?編曲家の情報、使用楽器の特性まで総合的に分析します。
── 同じく2026年度から採用される「音楽療法の研究」は、どのような授業ですか。
木下 音楽療法士は、音楽を用いた芸術的アプローチによって対象者の心身機能の改善や行動の変容を促しますが、同時に療法を研究する「科学者」でもあります。つまり、音楽を介することで対象者に反応や変化が生じた理由を科学的に説明する責任があります。そのためには既存の理論に照らし合わせて、どこまでが解明済みの現象で、どこからが新しい発見なのかを的確に捉えなければいけません。「音楽療法の研究」では、そうした視点から過去の研究を読み解いたり、自身の研究を深めたりする手法を多角的に学びます。これは学生の皆さんが対象者の反応?変化を客観的に分析する力、論理的に考察する力を育むだけでなく、卒業論文や研究論文をまとめるうえでも役立ちます。
資格試験合格率&
就職率100%を実現
── 続いて、音楽療法専攻の特色を伺いましょう。医師として、また音楽家としても活動されている馬場先生は、本専攻にどのような印象を持っていますか。
馬場 本専攻の一番の特徴は少人数制によるきめ細かな指導で、日々の授業から卒業論文のアドバイスまで丁寧に行っています。また、開放的な校風もあってか、学生は皆、個性的で思考も柔軟です。教員が思いつかないような斬新なアイデアが実践のなかで飛び出すこともよくあります。やはり学問は、決められたことをこなすだけでは進歩しません。自由な発想から新しい発見が生まれるんですね。私たち教員も、学生の皆さんが個々の思いつきや直感を言葉にし、形にしていける環境を整えることを意識しています。
── 学生たちが自主的に考え、行動できるようにすると。
馬場 ええ。そうしたなかで皆がとても熱心に、ポジティブに学びを深めています。本質にまっすぐ向き合い、しかし生真面目すぎない姿勢から、伸びやかな校風が生まれているんですね。これは本学ならではだと思います。
平田 同感です。学生の皆さんは、教員の助言に対して構えることなく真摯に受け止めてくれます。そうした素直さが、学びの質を高めているのではないでしょうか。
木下 その素直さは、本学が掲げる「One to One」の教育方針によるものだと思いますね。学生の皆さんが安心して学べるよう、教員が一人ひとりと真剣に向き合い、わからないことはわからないと言えるような雰囲気づくりを心がけています。
── 学生たちは、どのようなゴールを目指して学んでいくのでしょう。
木下 まず1?2年次は、3年次から始まる実習に必要な知識や技術を確実に身につけます。そして3年次以降の実習では、それまでに得たものを活用するだけでなく、対象者の状態や状況に応じた最適解を取捨選択する力を磨きます。そこでは成功も失敗も体験することになりますが、それが大きな成長を導くのです。というのも、大学で学んだことを卒業後の就職先でそのまま活かせるとは限らず、現場では何度も壁にぶつかるからです。そのときに複数の選択肢を持っていれば、音楽療法士として長く活動していけるので、引き出しをできるだけ増やしてあげることが私たちの教育の目標かもしれません。
── ちなみに、音楽療法士資格試験の合格率はどのくらいですか。
木下 資格取得希望者の合格率は100%です。早い段階から試験対策を開始し、授業外でも教員が学習に付き合うなど、合格するまで徹底的にサポートします。私たちの本気度が伝わると、学生たちも本気になってくれますね。
── 卒業後は、どのような道へ進んでいきますか。
木下 本専攻は就職率も100パーセントです。福祉分野への就職が多く、高齢者施設や児童の放課後デイサービスなどに幅広く携わっています。また、昨年度の卒業生?黒田未和依さんは「第1回 日本音楽療法学会学術大会優秀発表賞」を受賞しました。彼女は「音楽療法の実習において自分の話し方が実習指導者と異なるのはなぜだろう」という疑問を持ち、それを音楽的視点から検証して研究成果をまとめました。つまり、話すときの抑揚?音高?間などから話し方を分析したのですが、まさに音楽大学ならではの視点だと言えますね。学会での発表も初めてとは思えないほど見事で、高く評価されました。
心が動く瞬間に
立ち会う喜びと感動を
── すでに多くの現場で本専攻の卒業生が活躍していますが、馬場先生は音楽療法の未来をどのように見ていますか。
馬場 私の専門は精神医療ですが、音楽療法の有効性を医学的観点から裏付けるエビデンスの報告事例は世界各国で増えています。例えば、ある種の精神疾患に対して、標準的治療に音楽療法を併用すると、認知行動療法の併用に比べても大きな効果が得られるという研究結果もあります。また、私自身も臨床の現場で想像を超えるような光景にたびたび遭遇しています。常に落ち着かないクライエントが音楽を聴くときは静かに座っていられる、普段は病室にこもっているのに音楽の時間だけは自ら出てくる。ほとんど言葉を発しない方がピアノの旋律を聴いて「音楽は人間の心だ」とつぶやく……。音楽療法の効果は必ずしも言葉で説明できるものではありませんが、そうした反応や変化を目の当たりにすると、この分野にはまだまだ奥深い可能性があると感じます。
── では、本専攻が果たすべき役割について、先生方の考えを聞かせてください。
馬場 音楽療法に限らず、人と関わる仕事においては技術だけでなく「人間性」が重要です。本専攻では、音楽を介した確かなコミュニケーションスキルに加えて、広い視野とバランスの取れた人格を備えた音楽療法士の育成を目指しています。主役は常にクライエントであるという意識のもと、彼らの主体性や尊厳を重んじた支援を提供できる人材を世に送り出すことが私たちの役目ではないでしょうか。
平田 馬場先生がおっしゃったとおり、音楽療法の現場では「心が動く瞬間」にたくさん立ち会うことができます。そうした瞬間の価値を理解できる音楽療法士、喜びと感動を分かち合える仲間を育てていきたいですね。
木下 音楽療法士は今は民間資格ですが、日本音楽療法学会の方々が国家資格化に向けて動いてくださっています。その背景には、言葉でのコミュニケーションが難しい人々も、音楽を介せば確かにコミュニケーションできるという事実があります。音楽療法をさらに広めるために、私たちは有能な音楽療法士をひとりでも多く育てなければいけません。
── 最後に、本専攻への入学を希望する方々へメッセージをお願いします。
馬場 本専攻は「音楽が好き、人が好き」という方には必ず手応えがある場所です。音楽経験の有無や得意不得意に関係なく、「音楽と共に生きていきたい」という意志をお持ちなら、本学を選んでいただきたいですね。
平田 本専攻で学ぶ学生の多くは、オープンキャンパスをきっかけに入学を決めたそうです。オープンキャンパスの体験レッスンで音楽療法に触れ、在学生や教職員と接していただけば、ここで学ぶ意義を感じられると思うので、ぜひお越しください。
木下 本学の音楽療法専攻は、音楽を通じて人々の役に立ちたい方、安心できる環境でのびのび学習したい方にぴったりの場所です。私たちと一緒に豊かな学びを重ね、ともに音楽療法の世界を追求していきましょう。